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2009年5月

2009年5月28日 (木)

磐梯吾妻スカイラインウルトラマラソンからびわこ周遊ウルトラマラニックへ

 5月24日(日)、地元福島で開催された標高1707mの吾妻小富士山頂の一周を含む、66kmのウルトラマラソン(標高差1570m)を8時間で完走し、次いで、5月30日(土)、31日(日)と続けざまに琵琶湖一周の大会に参加します。大津京駅を午前8時にスタートし、時計回りで翌15時までに帰還する制限時間が31時間の200kmのウルトラです。先日、地図が届いたので念入りにマークしました。私にとって、200kmは佐渡に続いて2回目、わくわくします。

 足、脚もようやく今日になって八割方回復し、当日の天候を気にしながら準備をしています 。相変わらず、自作した9の会のロゴを入りTシャツで楽しんできます。

2009年5月27日 (水)

磐梯吾妻スカイラインマラソン大会に参加しました。

 5月24日(日)、午前1時40分頃起床し、妻が握ってくれたおにぎりをほおばりながら、2時30分には家を出て会場の土湯温泉に向かった。4時少し前に受付場所に到着し、今年は余裕で準備を行うことができた。
 スタートは午前5時。一端は標高460mの土湯温泉から一路福島市内に向けて標高134mまで下り、途中、「憲法は日本の宝」Photo001 と大書した看板を通る。次いでひたすら上り。標高700mの高湯温泉(ほぼ20kmで2時間10分)を経由して標高1570mの浄土平まで終始上り(区間14kmで2時間14分かかり(計34kmを4時間24分)、Ensen_sky_pic04_l 次いで標高1707mの吾妻小富士山頂を一周してから土湯峠(区間15kmを2時間0分で(計49kmを6時間25分)、旧道入口では走ろう会の会長さんから写真を撮っていただいた。この地点はゴールまで11kmで8時間を切るには55分で走らなければならない。「頑張ってみます~」と云って駆け下りた。(この地点まで区間6kmで29分(計55kmが7時間5分)。ゴールは土湯温泉で後先考えずに8時間を切りたい一心でひたすら駆け下り、区間11kmを55分で走破、66km8時間丁度だった。(制限時間10時間)
 私はこの大会に2001年から参加しているから9回目の参加。走ろう会からは5名の出場、ボランティアにも多数参加して盛り上げた。曇り時々晴れの天候で余り暑くなることもなく、走るには良かった。来週は琵琶湖一周マラソン200kmに挑戦するので余り力を出さないようにとは考えていたが、いざみんなと競えば、そんなことも忘れて後半の下り坂ではなんとしても8時間を切りたいと必死だった。
 日曜日が大会だと水曜日には八割方回復するが、今回は七割位か。日一日と回復してはいるが、まだまだ足の筋肉痛は残っている。土曜日の朝には200kmのスタートというのに大丈夫だろうか。

2009年5月26日 (火)

「遙かなる絆」の原作を読む

 Photo 中国残留孤児の娘が、荒れ狂う文化大革命のさなか、独力で帰国した父の壮絶な人生をたどるノンフィクション。この作品を原作とするテレビドラマが4月18日(土)から六夜連続、NHKで放映されると新聞に紹介されていて、是非見なくてはとビデオの準備もしながらこの時間帯を待った。
 山崎豊子の「大地の子」はフィクションだが、これは実話に基づいたものだともあった。固唾を飲んで毎回、妻と引き込まれて見入ったドラマだった。
 最終回は5月23日だったが、24日が磐梯吾妻スカイラインマラソンで午前2時半には起きて準備をしなければならないこともあって、この最終回はマラソンをした後でビデオで見た。
 この原作を読んでみたいと思い、書店で探したが陳列されていなかったので、申し込んで、21日に手に入れてからは夢中で3日間で読んだ。中国残留孤児、日本鬼子、日本の侵略問題、中国人の日本観(日本人観を含む。)、文化大革命、中国人養母のほとばしる愛情、中国の親友たちとの深い関係(絆)、言葉の習得などがテーマになっている。
 テレビドラマの最後に流れた、「戦争を二度と起こしてはならない」というテロップも胸に刻んでおきたいと思った。

2009年5月 6日 (水)

久方ぶりに背炙山に再挑戦②

 会津若松駅で背炙り山のコースを念のため聞いたところ、5月の連休後に開通の見込みで(4月11日の時点では)まだ閉鎖中のこと。どうしようかなあと考えながらも駅を12時30分に出発。023 途中でやはり、背炙り山を目指すことにして路線変更。案の定、道路は閉鎖されていたが、024 構わず扉をくぐり抜けて走る。当然ながら車に落ち合うことはなく頂上へ。周囲に残雪がある四阿で休憩。038 持参した水もなくなり、下り坂を走っていたら塩ビのパイプから水が。何のことはない沢の水なのだが背に腹は代えられず、ゴクン、ゴクン。ペットボトルに入れて少しずつ飲みながら湊町へ。国道沿いのコンビニでアイスクリームと水を調達し一息を入れた。あとは磐梯山を見ながら040 翁島駅に直行。少し暗くなりかけた16時ちょい過ぎに到着。列車で帰還。この日約60kmを走り、満足。055

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